なぜ、週2回・60分の積み重ねが力になるのか
海外で子育てをしていると、「うちの子の日本語、なんだか変わってきた気がする」と感じる瞬間があるのではないでしょうか。友達との会話は普通にできているのに、作文になるとぎこちない。日常の受け答えは問題ないのに、学校の話や少し込み入った説明になると、とたんに言葉が出てこなくなる——。
これは、お子さんの日本語が「弱くなっている」というより、日本語という言語の中に性質の違う二つの力があり、そのうちの一つだけが伸び悩んでいる、と考えると説明がつきます。「ことばブリッジ」は、この二つの力の違いを踏まえて設計されたプログラムです。
私たちは「ことばブリッジ」の中で、日常のやりとりで使う言葉を「くらしことば」、学習や思考の場面で必要になる言葉を「まなびことば」と呼んでいます。これは、言語教育学の分野で古くから使われてきた区別(生活言語能力と学習言語能力)を、保護者の方にも分かりやすいように言い換えたものです。
この二つの力は、氷山にたとえるとイメージしやすくなります。水面の上に出ている部分——発音やちょっとした言い回し、日常会話の受け答え——は、言語によってそれぞれ別のものに見えます。しかし水面の下には、二つの言語に共通する、ものごとを筋道立てて考え、整理し、説明するという土台の力があります。この土台の部分は、実は言語を問わず一つの力として育っていくのです。
つまり、日本語で「まなびことば」の力をしっかり育てることは、単に日本語が上手になるということにとどまりません。現地校での英語による学習、ものごとの理解や表現の仕方そのものを支える土台づくりにもなっている、ということです。ここに、私たちが「まなびことば」の育成をあえてプログラムの中心に据えている理由があります。
もう一つ、保護者の方に知っておいていただきたいのは、この二つの力は育つスピードがまったく違うということです。日常会話がスムーズになるまでには、言語環境の中で数年もあれば十分なことが多い一方、学習や思考に耐えうる言葉の力を育てるには、一般にその数倍の年月がかかるといわれています。
このことは、「うちの子は日本語で普通に会話できているから大丈夫」という安心感が、必ずしも「まなびことば」の力が育っていることの証明にはならない、ということでもあります。逆に言えば、会話に不自由がないように見える時期こそ、「まなびことば」への意識的な働きかけが必要な時期だとも言えます。「ことばブリッジ」が、単なる会話練習ではなく、聞き取り・言い換え・作文という三つの段階を踏む設計になっているのは、この時間のかかる力を、短い時間の中でも着実に積み上げていくためです。
「ことばブリッジ」の60分レッスンは、同じ話題を三つの段階でくり返し扱う構成になっています。
きき書きブリッジ(聞いて書き取る)は、まず正確な日本語のお手本に触れる段階です。子どもの言い間違いをその場で厳しく直すのではなく、正しい形の日本語に日常的に触れる機会を積み重ねることの方が、実は効果的だといわれています。教科書に準拠した文章を、講師の声を通じて聞き、書き取るこの時間は、まさにそうした「正しい日本語のお手本」に触れる時間です。
いいかえブリッジ(口頭での言い換え)は、日常の話題を、より整理された「まなびことば」の形に組み立て直す口頭リハーサルの段階です。ここでの言い換えの練習は、家庭や友達との間で使う「くらしことば」と、学校の授業で求められる「まなびことば」との間に橋を架ける、まさに核となる部分です。
じぶんのことばブリッジ(作文)は、同じ話題について、今度は自分の言葉で文章にまとめる段階です。学年が上がるにつれて求められるのは、単語や短い文を並べるだけでなく、ひとまとまりの内容を筋道立てて語る力です。この「まとめて話す・書く」力こそ、「まなびことば」の力が最終的に形になったものであり、帰国後の学校生活にも直結する力です。
海外で子育てをする保護者の間では、「子どもの日本語の間違いをどう直せばいいか」という悩みがよく聞かれます。結論から言うと、間違いを都度厳しく指摘し、言い直しを強制するようなやり方は、あまり効果的ではないとされています。むしろ大切なのは、正しい日本語を自然な形でたっぷり聞かせ、子ども自身がその中から規則を発見していくのを、焦らず待つことです。
「ことばブリッジ」で使う例文がすべてオリジナルで作られているのも、この考え方と関係があります。教科書の文章をそのまま使うのではなく、その学年で身につけてほしい漢字や語彙の範囲を踏まえながら、わたしたちが丁寧に作り込んだ文章に日々触れてもらうことで、家庭だけでは用意しきれない「正しい日本語のシャワー」を、レッスンの中で補っていきたいと考えています。
「ことばブリッジ」がホームカミング・ブリッジ・プログラム(学習到達度マップや学習ポートフォリオ)を通じて重視しているのも、結局のところこの「まなびことば」の力です。日常会話ができることと、帰国後、編入先の教室で先生の説明を理解し、板書を読み、作文や発表をこなせることの間には、大きな距離があります。二か月に一度の学習到達度マップは、その距離がどれだけ縮まってきているかを、保護者の方と共有するためのものでもあります。
こうした「二つの力」の考え方について、より深く知りたい方には、中島和子氏の著書『言葉と教育』(海外で子どもを育てている保護者のみなさまへ)をおすすめします。海外での子育てに伴う日本語支援の悩みを、豊富な調査や具体例とともに、平易な言葉で解説した一冊です。「ことばブリッジ」のメソッドも、こうした先行研究の知見に多くを負っています。ご興味のある方は、ぜひ手に取ってみてください。